2022年2月中旬。暇・・・時間を持て余していたので、旅名人の九州満喫きっぷを使用し、久しぶりに松浦鉄道へ乗車。
松浦鉄道では、伊万里⇒有田⇒伊万里⇒佐世保方面というルートで乗り鉄。
長崎県・吉井駅で途中下車し、以前から気になっていた吉井駅の探索と国鉄世知原線の廃線跡を少しだけみてきました。
目次
国鉄世知原線の線路跡を松浦鉄道の線路上から
伊万里方面から吉井駅に到着する直前、車窓の左をよく凝らして見ると道路の方から松浦鉄道の線路に向かってくる謎のスペースがあります。
田んぼと同化しつつありますが、この空き地こそ国鉄世知原線の跡になります。
この辺りは向かいにある道路から撮った写真もあるので、別角度の写真とともにまた後ほど。
松浦鉄道・吉井駅(旧肥前吉井駅)
吉井駅(長崎県)に到着。
現在の松浦鉄道の吉井駅は2面2線。乗ってきた列車は対向列車の待ち合わせで数分停車していました。
松浦鉄道・吉井駅(長崎県)
「吉井」が付く駅名は松浦鉄道以外にも群馬・上信電鉄。福岡・JR九州の久大本線(筑後吉井駅)の3つあります。「吉井駅」だけで検索するとややこしくなるので、県名か路線名も添えると検索しやすいです。
また、松浦鉄道西九州線(旧国鉄松浦線)の吉井駅は、1971年12月に廃止された世知原線の起点駅でもあります。
吉井駅の各ホームは、構内踏切で行き来できます。
構内ホームの中間は広く開いており、中間線があったのではないかと思われますが、調べた限りでは分かりませんでした。
現在、伊万里方面が停車しているホーム(写真の右側)の佐世保方面にも信号があり、折り返しが可能になっています。
吉井駅に駅舎はありませんが、上下線のホームには待合室が設置されています。
桜の木とかつて使用していた線路
現在の佐世保方面ホームの隣を見ると桜の木がずらっと並んでおり、桜の時期になると写真映えするスポットとなっているようです。
そんな桜の木の隣には何やら古い線路があります。
近づいてみると、所々線路は埋まっていますが現在も線路が残っています。
恐らく、世知原線の列車や貨物営業を行っていた時に使用されていた線路だと思われます。
線路は途中で途切れていますが、佐世保方面には現在も線路が残されています。
桜の木は、吉井駅ホームを沿うように続いています。
桜の木に沿うように続いていた道は線路を渡る直前で終了。立入禁止のマークはありますが、道路は線路を超え、反対側の一般道まで続いています。恐らく、線路保守の車両等が、この道を使っていると思われます。
桜の木と吉井駅ホーム。
吉井駅は1970年まで貨物営業、1971年まで世知原線の運行があったので1972年以降に桜の木は植えられたと思われます。
今度は佐世保方面の立入禁止エリア手前まで来ました。桜の木は続いていますが、立ち入ることはできません。
佐世保方面のホーム端から分岐器(佐世保方)を望遠カメラで撮ってみました。
先ほど紹介した線路は今も使用している線路と合流していたようですが、現在は線路が分断され乗り入れできないようになっています。
国鉄世知原線跡をちょっとだけ探索
それでは、国鉄世知原線の跡を少しだけ追ってみたいと思います。
世知原線の列車がどのホームから出発していたかは調べた限り分かりませんでした。恐らく、線路が途切れていたホームから出発していたと思われます。
上の写真に写っている踏切から吉井駅を見てみます。
現在は2面2線の一般的な駅になってますが、かつては貨物の取扱いや世知原線の乗り入れがあったので、広大な駅だったと思われます。
踏切から吉井駅の反対側を撮影。
松浦鉄道の線路がありますが、その右側に空き地があり、その空き地を世知原線は走っていたのでしょう。
県道54号線が松浦鉄道を跨いでいたます。
県道54号線から松浦鉄道の線路を見ると、線路の隣にもう1本線路が敷けそうなスペースがあります。そのスペースには、1971年まで国鉄世知原線の線路が敷かれていたと思われます。
先ほどの場所から県道54号線を少し歩き、冒頭の列車内から撮った写真の場所まで戻ってきました。
松浦鉄道の線路は左に大きくカーブしていますが、右側に進む土手があります。
警報機・遮断機無しの第4種踏切がありますが、その踏切手前に謎のスペース・・・というより、世知原線の廃線跡です。
吉井駅から少し離れたところで、国鉄松浦線と世知原線はそれぞれの方向に分かれていました。
松浦鉄道の踏切標識とは別に吉井町が設置した注意看板が手前あります。
松浦鉄道の線路からだいぶ手前にありますが、国鉄世知原線がある時代から設置されているとしたら、この看板は何年設置されているのやら・・・
国鉄世知原線は写真左下の草木がある所から、写真真ん中にある交差点方面に伸びていました。
交差点付近は道路に改良されているので、線路跡がまったくありません。
交差点の所まで来ました。
交差点付近は流石に何も残ってないですが、交差点を過ぎると民家の裏手を通るように国鉄世知原線の線路跡を舗装した道路が続いています。
先ほどの交差点から吉井駅方面。
交差点から吉井駅方面を見ると、県道54号線の橋下へ続く線路跡がはっきり分かります。
交差点を渡り、線路跡を舗装した道路の所までやってきました。
国鉄世知原線は国鉄松浦線と別れた後は、右にカーブして世知原方面に進んでいました。
世知原線の線路跡は道路やサイクリングロードに転用。道路については、大型車両の通り抜けできません。一般車だと通れそうでした。
国道54号線から直接乗り入れることもできますが、道路の転用区間はそれほど長くはありません。世知原方面のほとんどはサイクリングロードに転用されています。
この先も線路跡は続いていますが、時間がないのでこの辺りまで。
下の写真、奥の白い柵辺りからサイクリングロードとして転用されているみたいです。
ちなみに吉井駅~世知原駅間は6.7kmなので、運動がてら片道の徒歩移動も可能な距離。
佐世保~世知原~吉井を結ぶバスもあるので、時間さえ合えば世知原線の廃線後巡りは難しくはないはず。
西肥バス時刻表(「世知原」で検索)
最後に、国鉄世知原線の線路跡から松浦鉄道(旧国鉄松浦線)の吉井川橋梁を見て終わりにします。
アーチ橋の吉井川橋梁は、吉井駅から600mほど伊万里方面に進んだ所にあり、国の登録有形文化財に登録されています。
世知原線の線路跡からも4連アーチ橋を綺麗に見ることができます。
列車が通ると完璧でしたが、次の列車が迫っていたので、今回は諦めました。
それでは、国鉄世知原線の線路跡巡りと吉井駅の探索はここまで。
日本最西端の駅・たびら平戸口駅や佐々駅も探訪したので、そちらも是非ご覧ください!
吉井駅(長崎)のマップ
それでは、今回はここまで('ω')ノ
道路で分断された伊万里駅を探索してみた(JR九州&松浦鉄道)
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訪問日:2022年2月20日(日)